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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)857号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人野田底司上告趣意について。

記録によれば、被告人が、昭和二三年九月二一日名古屋地方裁判所の言渡した有罪の判決に對し、即日適法な控訴の申立を爲し、同月二七日第一審の辯護人においても被告人のために控訴の申立をしたこと並びに被告人が同年一〇月一八日に至り前に爲した被告人の控訴申立を取下げる旨の控訴取下書を原審裁判所に提出したことは、いずれも所論のとおりである。そして右取下書が、原判決説示のごとく、被告人の錯誤又は強制に基くものでないことは、原判決擧示の被告人提出にかかる同年一一月四日附上申書の記載及び被告人に對する原審における訊問調書並びに公判調書の供述記載によって肯認することができ、所論のように被告人心神耗弱者で、右取下が錯誤に基くものであることは、これを認むべき資料が存しない。果たして然らば前記同年一〇月一八日爲した被告人の控訴取下書は、有効であって、舊刑訴第三八六條により、同日被告人は控訴權を喪いその控訴權は消滅して終ったものといわなければならない。そして辯護人は、固有の獨立した上訴權を有するものではなく、被告人の上訴權をその明示した意思に反しない限り、行使し得るに過ぎないものであること、舊刑訴第三七八條の規定の明文と同第三七九條の規定の明文とを對照し且つ辯護人には上訴の放棄は勿論その取下をも認めなかった立法の趣旨に照し、明白なところであるから、辯護人の控訴申立權は、被告人の控訴權の存續を前提とするものと解すべきである。從って、前記辯護人の控訴申立も亦た右被告人の控訴取下により消滅し、存續するを得ないものといわねばならぬ。さればこれと同一趣旨に出た原判決の説示は、正當であって、原判決には所論のような違法は存しない。論旨は、その理由がない。

少數意見

裁判官真野毅の理由に關する少數意見は次のとおりである。

本件において被告人は、昭和二三年九月二一日控訴の申立をし、原審辯護人野田底司は同月二七日控訴の申立をした。そして、被告人は一〇月一八日控訴を取下げたが、一一月四日に至り再び「控訴を御願します」と申出てきた事件である。

舊刑訴三七九條(新刑訴三五五條、三五六條)は、一般辯護人の權能を定めた規定ではなくして、原審における辯護人の特別な權能を創設した規定である。その趣旨は、原審における辯護人は、原審において既に辯護の任務を終了したものではあるが(舊刑訴四一條、新刑訴三二條)、自己の擔當した被告事件の全貌をよく知悉していると認められる關係を有するから、また辯護士の職責は一面社會正義の実現を使命とする立場を有するから(新辯護士法参照)、これに一應上訴をするが適當であるか否かの判斷をなさしめ、これを適當と認める場合には被告人のために上訴をなし得る途を特に設けたものである。すなわち、被告人の選任によって上訴をするのではなく、原審の辯護人という地位に伴い法律の規定によって上訴をするのである。しかし、辯護士は他面被告人個人の基本的人權の擁護を使命とする立場にある關係上、原審の辯護人といえども被告人の明示した意見に反しては上訴はできないとしたものと解すべきである。從って、その上訴がなされたときには適法であっても後日被告人の明示した意思に反するに至ったときは、上訴の効力を失うものと解するを相當とする。そこで、本件において原審辯護人野田底司が九月二七日になした控訴の申立は、適法であったが被告人が一〇月一八日控訴の取下(原審認定によれば錯誤も強制もない)をなしその明示した意思に反するに至ったとき、該控訴申立はその効力を失ったものである。されば、原判示は正當であって、論旨は理由がない。(多數意見では、「辯護人は固有の………上訴權を有するものではなく、被告人の上訴權を………行使し得るに過ぎないものである」と言っているが、わたくしは一般に辯護士は辯護機關の權限として被告人のために固有の上訴權を有するものであり、前述の原審辯護人の上訴權もまた被告人のためにする固有のものであると信じている。この見解については、昭和二三年(れ)三七四號、同二四年一月一二日大法廷判決(裁判所時報二七號六頁)中に少數意見として相當詳しく述べておいたとおりである。また、多數意見のように、辯護人は被告人の上訴權を行使するに過ぎないものであるとするならば、本件ではすでに被告人が控訴の申立をした後になされた辯護人の控訴申立は、當初から不適法な無効なものであると言わなければならぬ。なぜならば、同一の事件において被告人の控訴權の行使が、重ねて二度なされ得べきわけはないからである。しかるに、多數意見が右前提をとりながら「前記辯護人の控訴申立も亦右被告人の控訴取下により消滅し」たものとしたのは、理由が互に矛盾している。右前提をとるならば、前記辯護人の控訴申立は初めから無効であって、被告人の控訴取下によって効力が消滅する餘地はないのである。)

よって舊刑訴第四四六條により主文のとおり判決する。

以上は理由に關する真野裁判官の意見を除き裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 齋藤悠輔)

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